いい旅が

三人は、夜のメインバザールを歩いている。埃っぽく湿った夜風が人々の間を通り過ぎていく。喧噪はなおも夜空にこだまする。

「夜になっても、やっぱり騒がしいんですね」

微笑みを浮かべながら幸恵がそう言った。

「そうなんだよ。もう、うんざりするよ、全く」

建は、ウェーブのかかった長い髪を鬱陶しそうに掻き上げた。

「でも、私、何だかわくわくしてるんです。お祭りみたいな、そんな感じで」

幸恵が建を見てそう言った。

「そう思おうとすればそう思えないこともないけれど、その内うんざりするようになるって」

変に冷めた様子で智が口を挟む。

「馬鹿、智、そんなことは言わなくてもいいんだよ」

建がたしなめるようにそう言った。

「でも、建さんだってさんざんこの騒音には耐えられないって。今だって、そう言ってた所じゃないですか」
「いいんだよ、幸恵ちゃんは俺達とは違うんだから」

建がそう言うと、智は、ちぇっ、調子いいなあ、と小さく独りごとを言った。幸恵は、二人のそのやりとりを微笑ましく見守った。

建と智の二人は、幸恵の泊まっているホテルまで幸恵を見送った。やはり一泊三百ルピーするだけあって、それはなかなか立派なものだった。そのホテルの玄関口で明日の朝幸恵をニュー・デリー駅まで見送ることを約束して、その晩は別れた。

「幸恵ちゃん、いい子だな」

帰り道を歩きながら建は智にそう言った。

「何です? 建さん、ひょっとして幸恵ちゃんのこと好きになったんじゃないですか? どうも建さんの話し方はさっきから怪しいんだよな……」

智は、いやらしい微笑みを浮かべながら建を見た。

「馬鹿だな。そんなんじゃないよ。ただ、幸恵ちゃん、清々しくていい子だろ? ああいう子はなかなかいないぜ、今どき」
「分かってますって」
「だから、いい旅ができればいいな、と、ただそう思ってるだけだよ」
「本当ですか?」

智は、いたずらっぽい視線で建を見た。

「結構、タイプなんじゃないですか?」

建は、呆れた様子で智を見て、もう、お前とは話していられないよ、と両手を広げて天を仰いだ。

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