「だからって、突然押し倒したりしていい訳ないじゃないですか! 私、いいとも、嫌だとも何にも言ってなかったんですよ。ただ”溜まってる”っていうだけでそんなことしてもいいだなんて理屈、ある訳ないじゃないですか!」
幸恵の勢いに圧倒されて建はじりじりと後退した。
「幸恵ちゃん”溜まってる”って……。でも、ごめんごめん。そうだよな。全くその通りだよ。相手の意志も何もなくそんなことしていい訳ないよな。ほら、智、もう一回幸恵ちゃんに謝れよ」
建は、智の腕を引っ張って幸恵の前に連れて来た。
「ごめんなさい」
智は頭を下げて謝った。
「ああ、建さん、もういいんですよ。さっき謝ってもらって、仲直りしようとしていた所なんです。私、アジアの旅行が初めてで、智さんみたいなバックパッカーに出会えたことが凄く嬉しかったんですよ。だからこんなことで台無しにしたくないなって思ってるんです。確かに私もすんなり男の人の部屋に入って行ったのは悪かったかも知れません。今後は気をつけるようにします。それに智さんも反省してくれてるみたいだし、もう仲直りでいいんです」
「智、幸恵ちゃん、いい子じゃん。こういうしっかりしたこと言える子はなかなかいないよ。だからお前も、あんまり浅はかなことしないで大切にしなきゃ」
智は神妙に建の話を聞いている。建は、ほら、と言って二人の手を取って握手をさせた。智は、幸恵と握手をしながら、もう一度、ごめんね、と言った。幸恵は、にこやかに笑ってそれを受け入れた。
その後三人は、一通り智の写真を見終えると夕食をとった。今度はメインバザールのツーリスト向けのレストランではなく、建の知っている、地元のインド人が利用するようなローカルレストランに行った。幸恵が、そういう所に行ってみたいと言ったからだ。三人は、ターリーを食べ終えるとくつろいで雑談をした。
「私、本場のターリーって初めて食べましたけど、おいしいんですね。日本で食べるのと違ってとても安いし。三十ルピーって言ったら百円ぐらいですよね。日本で食べたら千円以上はしますよ」
「そりゃあ、日本で食べたらそれぐらいはするよ。向こうは材料が手に入らないしね。こんな三十ルピーのターリーでも凄い数のスパイスとか色々なもの使ってるんだろ。馬鹿にできないよ。それにしても幸恵ちゃん、初めてインドに来て、良くおいしくインドカレーを食べられるよね。俺なんて慣れるまで結構かかったけどな」
コップに入った水を飲みながら建は幸恵に言った。
「お昼食べてる時に智さんにも言ったんですけど、私、何でも食べられちゃうんです。こんなこと言うのもなんなんですけど、食べるのが本当に好きなんですね。だから痩せられなくって……」