智は、少しの間考えてから口を開いた。
「そうだな……。何となくなら、分かるような気がするよ。それは……、例えばバラナシにいた時にガートでさ、人を火葬している所を見たんだよ。実際に見る前は、やっぱりさぞかしグロテスクで恐ろしいものなんだろうなと思っていたんだけど、実際見てみたらそうでもなかったんだ。積み上げられた薪の間から炎に包まれた人の頭が覗いていて、それが脱力した感じで、ダラッと下に垂れ下がる。それを死体を焼いている人達が、棒で突ついて中に押し込んで……。そんなのが普通に行われていたんだ。話で聞くと何だか物凄いことのように思えるけど、もっと普通で、何でもない、当たり前のことのように感じた。だから、人が犬に喰われている光景というのも、何となくそれに近いものなんじゃないのかなと思うんだ」
「成る程……。そういうことなのかも知れませんね。そういえば私も、おばあちゃんのお葬式の時、棺桶の中に入っているおばあちゃんの死に顔を見て、何て静かなんだろうって思ったんです。何もかもが静止した感じというか。辛いとか、悲しいとかそんなことじゃなくって、ただ、何もかも停止していて、とても静かな感じ。上手く言えないけれど、人の死体っていうのは想像するのと違って、全然グロテスクでも怖いものでもなく、もっと静かなものなんだなって思いました。何か変な言い方ですけれど……」
「静かなもの、か……。でも、そう言われてみればそういう感じだったかもしれない。何の力も入っていない、一切が停止した感じ……」
智は、再び扉の落書きに目をやった。
――― メメント・モリ、か……。これをここに書いた日本人は、何を思ってこの言葉を残していったのだろう。書き殴ったような、こんなにも荒々しい書き方で…… ―――
智は、しばらくの間黙って考え込んでいたが気を取り直して幸恵に言った。
「ありがとう、幸恵ちゃん。俺、ずっとこの言葉が気になっていたんだよ。おかげでちょっとすっきりしたような気がする」
「いいんですよ、そんな。それより写真を見ることにしませんか? 私、智さんの写真が見たいです」
「ああ、そうだったね。ごめんごめん。写真を見るんだったよね。忘れてた」
智は、そう言いながらベッドの端の方に移動して、立っている幸恵に腰かけるように促した。幸恵は、はい、と言ってそこに腰かけた。幸恵の体の重みでベッドのマットが少し沈んだ。智が写真の束を幸恵に手渡すと、幸恵は、こんなにたくさんあるんですか、と驚いた。驚きながらも幸恵は、写真の入ったいくつかの袋から適当に一つを選び出すと、一枚ずつ写真を取り出していった。