「この人達、何してるんですか……?」
幸恵は、きょとんとした表情で、呆気にとられながらそう言った。
「ハハハ、何って、何してるんだろうね? きっとみんな旅人だから旅の途中だと思うんだけど、ハハハハハ」
「それはそうですけど……」
「みんな、長くここにいる人達ばっかりなんだよ。上の方の階になればなる程、一体何してるのか分からない人が多いよ。中には何ヶ月、って人もいるんじゃないのかな」
「何ヶ月……。そんなにも一体ここで何をするんですか?」
「さあ、分からない。はっきりとは分からないけど、多分みんな疲れてると思うんだよ。それは肉体的な面ばかりでなく、精神的にも。長く旅行してると、どうしても足が前に進まないってことがあるんだよ」
「智さんもそうなんですか?」
「俺にもあったよ、そういう時は。一ヶ月、二ヶ月いた町だってある」
「一体そんなにも長い間、何をしていたんですか?」
「そうだね、俺の場合は大体誰かと一緒にいることが多い。どこの町にも日本人の集まる宿というのはあって、そこへ行けば誰かいるからね。気の合う奴らがいたらついつい長居してしまうこともある」
「その人達もみんな一人で旅をしてるんですか?」
「ああ、一人とか、二人とか、そんな奴ばかりだよ。何だかんだ言って、きっとみんな寂しいんだろうね。いくら一人旅だって言っても、なかなか一人にはなりきれないものだよ」 幸恵は、神妙な面持ちで智の話を聞いている。
「さあ、着いたよ。ここが俺の部屋だ」
そう言って智は、扉にかかっている南京錠に鍵を差し入れて外し、ドアのノブを捻った。すると部屋の中を見るなり、幸恵は叫んだ。
「わあ、凄い部屋!」
幸恵は、一歩部屋の中に入り込んで、内部をくまなく眺めまわしている。
「まるで、蔵前仁一の”ゴーゴー・インド”に出てくるみたいな部屋ですね。私、何だか感激しちゃいました」
「ハハハ、そんなに驚くことじゃないよ。インドの安宿なんて、みんなこんなもんさ」
智は、手に持っている写真の入った手提げ袋を、ベッドの上に放った。
「まあ、座ってよ。ちょっと片付けるからさ」
智は、辺りに散らかっている物を乱雑にバックパックの中に詰め込んだ。幸恵は、お邪魔します、と言って、ベッドの上に腰かける。そして智が扉を閉めると、幸恵は、その裏側に書かれたたくさんの落書きに目を奪われた。
「わあっ、何なんです、これ? 落書きだらけですよ」