ガーリックステーキ

智は、差し出された手を握り返した。少し小太りな彼女の、つるりとした手の平は、ぽっちゃりとしていてとても柔らかかった。智が手を握ると、彼女はにっこりと微笑んだ。微笑むと、彼女の目はそのふっくらとした丸顔の中に細い線となって消えていく。何か憎めない子だな、と智は思った。

ウェイターが幸恵の所に注文を取りに来た。幸恵はガーリックステーキを注文した。ゴールデン・カフェでは有名なメニューだ。長くインドを旅しているような旅行者になればなる程、何とかインドカレーから逃げ出そうとするものであり、できるだけマサラの風味のしない食べ物を探すようになる。そこで自然とこういったツーリストレストランに集まるようになって、何処どこの何々というレストランへ行けば、何々というおいしいものが食べられる、という情報になるのだ。ゴールデン・カフェのガーリックステーキも、そんな風に旅行者達の間で有名となっているメニューである。

「すいません、私、お腹すいちゃって」

幸恵は、ガーリックステーキという、女の子にはちょっと似つかわしくないようなメニューを注文したことを少し恥じているようだった。上目遣いに智を見上げた。

「いや、いいんだよ、遠慮しなくても。たくさん食べて」

智がそう言うと、幸恵は恐縮するように微笑んだ。そして少し智の様子を伺いながら、こう言った。

「智さんは、旅、長いんですか?」

智は、飲んでいたリムカの瓶から口を放した。

「ああ、一年ぐらいかな」

智がそう言うと、幸恵は、えっ、本当ですか?、とテーブルの上に身を乗り出して、智に挑みかからんばかりにそう言った。

「ああ、本当なんだけど……」

幸恵の勢いに智は圧倒されている。

「智さんって凄いんですね! やった、そんなバックパッカーに出会えるだなんて! 私、一年なんて、とても、とても……。今回だって春休みを利用して一ヶ月の予定だし、それだって私にとっては凄い大決心だったのに、智さんは一年だなんて……。何だか尊敬しちゃいます!」
「いや、長く旅行するのなんて、別にそんなに特別なことじゃないよ。やろうと思えば誰だってできるさ」

謙遜でなく、智はそう言った。長旅など慣れてしまえば誰だってできると思っていたし、実際、やろうと思えばいくらでもできるものなのだ。要は時間とお金の問題だ。それらさえ何とかなれば、惰性で何年も旅行し続けている人など掃いて捨てる程いる。やる気すらいらない。今まで智は、そういう人達を何人も見てきた。そしてそういう人達を決して、偉いとも、凄いとも思わなかった。

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