ノートには様々な旅行者達がそれまでの自分達の旅の軌跡を綴っていた。どこどこの町の何々という宿は良かったですよ、だとか、何々というレストランの何々はとてもおいしいですよ、だとか、こういったノートは、旅の要所要所日本人旅行者の集まる場所には必ず置いてある。書かれている情報に関しては、実際役に立つ情報もあるし、その時の自分の心境を述べただけの、全く実用性の無い落書きみたいなものもある。割合的には半々ぐらいだろう。だから、情報ノートとは、必ずしも実務的な役割ばかりでなく、孤独な旅人達が自分と似た境遇の他人達の存在を確認して、共感し、互いに慰め合う慰安所のような役割も果たしているのだろう。むしろ、その役割の方が主なのではないだろうか。実際、智は、いつも情報ノートに自分自身の分身を探し出す。そして、自分と似たような感じ方や考え方をそこに見い出して、自分の寂しさを紛らわそうとする。今回も、半ば定められた習慣のように智はそのノートを手に取った。
智は、運ばれてきたリムカの瓶にストローを差しながら、ノートのページをめくる。ノートの最初の方はずいぶんと古い日付けで、ああ、この頃は俺、まだ日本で働いていた頃だよなあ、と当時の自分を振り返った。そしてその頃ここにいて、これを書いていた誰とも知らぬ旅人に思いを馳せた。そうやってぼんやりとリムカをストローで吸い上げていると、トントン、と誰かが突然智の背中を突ついた。智は、ハッとして後ろを振り返ると、そこには日本人の女の子が一人、立っていた。
「ここ、座ってもいいですか?」
いきなりのことで智はちょっと面喰らったが、断る理由も無いのでそれを承諾した。
「良かった、私、一人でごはん食べるのが本当に苦手で、ここに来れば一緒に食べてくれる人が誰かいるだろう、と思って来てみたんです。私、一人で旅するのは平気なんだけど、ごはんだけは誰かと一緒じゃないと、どうも駄目なんです」
彼女は、席に着くなり智にそう言った。
「ああ、そうなんだ。でも、俺、食事する予定はなくって、これ飲んでるだけだけど、それでもいいのかな」
智がそう尋ねると、彼女は、肩からかけていた鞄を慌ただしく外しながらそれに答えた。
「いいんです、いいんです、いてくれさえすれば。私、多分、周りの視線が気になるんでしょうね。周りの人達に、あいつ、一人でメシ喰ってやがる、とか色々思われてるような気がしてどうも嫌なんです。本当は誰もそんなこと思ってないんだろうけど、でも、これはもう、日本にいる時からそうなんです。何か、駄目なんです。あっ、すいません、私、自分のことばっかりぺらぺら話しちゃって。私、サチエって言います」
そう言うと彼女は、智に手を差し出した。
「あっ、ああ、俺、サトシ」