ハリ・ドワール

智は、からかうようにそう言って建を見た。建は、肩をすくめて煙草に火をつけた。

「ハリ・ドワールに行こうと思ってる」
「ハリ・ドワール?」
「ああ、ヒンドゥーの聖地となっている町の名前な。ちょうど今年はクンバ・メーラというお祭りの年なんだ。ハリ・ドワールにインド中から、物凄い数のサドゥーが集まって来るんだぜ。何千、何万というな。面白そうだろ?」
「何千、何万のサドゥーですか。それは何だか凄そうですね。そのお祭りって確か何年かに一度っていう……」
「そうそう。十二年、だったかな」 
「それはとてもクレイジーなことになりそうですね」
「ああ、もう、やりたい放題だろう。ババ達も警察が立ってる真ん前をチラム吹かしながら胸張って歩いていくという……。ババだけじゃなくって、いかれたヒッピー達もたくさん集まるみたいだよ。ヨーロッパの方で有名なヒッピー・コミューンなんて、何ヶ月も前からそこにテント張って暮らしてるらしいぜ」
「へぇ、面白そうだな……」

智は、薄汚れた黄色の僧衣をまとったサドゥーが、チラムを吹かしながら日の光の下を堂々と歩いていく姿を想像した。

「凄い所ですよね、インドって国は」

智はしみじみとそう言った。

「何だよ、急に。改まって」

智は、建のその問いかけにはきちんと答えず、じっと遠くを眺めるようにクンバ・メーラの光景を夢想した……。

昼食を済ませると、建と智は一旦別れた。建が、また晩飯喰いに行く頃に智の部屋へ呼びに行くよ、ということになった。

智は、一人、ぼんやりと街を歩いた。相変わらずの熱い日差しが智の全身を照らしつける。額から汗が滴り落ちる。汗をかいているにもかかわらず、何故か顔の周りがぱさぱさと乾燥した感じがしてむずがゆい。しきりに智は鼻を掻いている。そう言えばここ数日の間、ずっと 頬や鼻の辺りがムズムズしているような気がする。気が付くと顔に手をやっていることが多い。それに少し眩暈もするようだ。歩いているとフラフラする。風邪を引いたのかもしれないな、と智は思った。そう思い始めると気のせいか寒気もするようだ。 部屋に戻ると、智はベッドに腰を下ろした。部屋の中は、暗く、直射日光が当たらない分、いくらか涼しかった。ただ、トイレの上の小窓からは強烈な日差しが射し込んでくる。それは容易に外界の猛暑を想像させた。

部屋に戻る途中、谷部と君子が泊まっていた部屋の前を通りかかった。部屋はしんとして誰もいなかった。昨日の晩のことが思い出された。そして、屋上のことも。今朝、谷部達を見送ったことも。智は、取り残されたような少し寂しい気分になったが、ああ、もう、終わったことなんだ、と自分を納得させようとした。いちいち別れに過敏に反応していたら、最早旅を続けることなどできないのだ。

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