「そっから先はもう悲惨だよ。かろうじて一命を取り留めたものの、住む場所も無いし金も無い。何とか知り合いの所を点々とするんだけど、わずかな知り合いも、俺をかくまってると危険だからって長居させてはくれない。もう殆ど路上で暮らしてたよ。おまけにシャブ中だったから、一日中禁断症状でガタガタ震えてた。昔の仲間なんか誰も助けてはくれなかったね。そのハーフの極道も、その後、組を破門になって行方知れずだし、そうなると誰も俺に手を差し延べてくれる奴なんていないんだ。結局暴力で支配してただけだったから、本当の友達なんて誰もいなかったんだな。俺なんていなくなってせいせいした、ぐらいにしか思われてなかったんだろうね。まあ、俺が悪いって言えばそうに違いないんだけど、ただ、昔一緒に暮らしてた女だけは俺を助けようとしてくれたんだ。俺がソープで働かせて、電話かけてるところをボコボコにした女だぜ。俺が、路地裏で毛布被ってガタガタ震えてるところにそいつが声をかけてきて、何でか知らないけど俺を家まで連れて帰ってくれたんだ。そして禁断症状で苦しんでる俺に、シャブを打ってくれた。もう何ヶ月ぶりのことだったから、細い針がボロボロの俺の静脈に突き刺さって来た時は、興奮して舌を噛まないようにするのに必死だったよ。そして冷たい液体が血管を通って全身を巡ると、俺はそのまま失神しちまったぐらいだ。それからその後数週間、女の家でひたすらシャブを打ち続ける日が続いた。一日中、ずっと打ってたな。でもある日、突然その女が、お願いだから病院へ行ってくれって泣きながらすがりついてくるんだよ。そう言われて俺は、腹が立ってまたその女を何度もぶん殴ったんだけど、今度は今までとは違って、どれだけ殴られても引かないんだ。顔中血まみれになりながらひたすら俺に訴えかけてくるんだよ。病院へ行ってくれ、ってな。何でだか分からないけど、俺は、殴りながら涙が止まらなくなって、ひたすら泣きながら殴り続けた。あんなに泣いたのはばあちゃんが死んだ時以来だった。そしてその翌日、自分から精神病院に入院したんだ。その後、半年ぐらい入院してようやく退院できるようになって、今度はその女と二人で暮らし始めたんだ。シャブ抜きでな。その時は、何だか世の中が今までとは全く違って見えたよ。ああ、こんなに明るかったんだ、って。幸せを感じていたのかな。全く。こんな俺が、幸せ、だなんてな。笑っちゃうよ。だからか知らないけどそんな生活も束の間、突然交通事故でそいつが死んじまったんだ。全く絶望したよ。神を呪う気力もなかった。涙も出て来なかった。淡々と葬式が終わって、淡々と時間が過ぎていった。それである日、女の部屋を色々整理してたら、インドのガイドブックが出て来たんだ。何だろう、と思って見てたら、要所要所にペンでチェックがしてあったりして、あいつ、いつかインドを旅行するつもりだったんだな。バラナシ、ってとこに折り目がついてた。俺は、ああ、もうこれしかないんだ、って思って旅に出ることにしたんだ。それで最初にバラナシに来て、ガンガーを眺めながらあいつのことを思い出した。不思議と悲しくはなかった。ああ、あいつはこの景色が見たかったんだなあ、って思ったり、何でここに来ようと思ったのかなあ、なんて思ったり。そしたら何故か子供の頃ばあちゃんと過ごした時のことが次々と思い出されて、今まで全く憶えてなかったようなことまでが事細かく、鮮明に、次々と浮かび上がって来るんだ。不思議な感じだったな。寂しいような、懐かしいような。でも決して悲しくはないんだ、むしろ温かい感じで、その時俺の心は本当に何年かぶりに平静を保っていた。とても穏やかな状態だったんだ」