「えっ、健さん、小学三年生でシンナー吸ってたんですか?」
智は驚いて聞き返した。
「ああ。シンナーは凄かったよ。まだ子供だったから余計に効いたのかな。幻覚を見るんだ。毎回。それもアシッドで見るようなキラキラしたのなんかじゃなくって、暗くて悲惨なの。優しいイメージなんて何にも出て来なかった。ドロドロしてて暗いんだ、見る物全てが。周りの景色はどんよりしてて、頭の中は何にも動いていない。ただボーッとそのドロドロの中にいるだけだ。何も感じない。全部が麻痺している状態なんで、何も考えられないんだ。だからシンナーが効いている間は何もかも忘れることができた。それだけがシンナーをやる唯一のメリットだったんだな。けど、一度本当にひどい目に合って、ある時、いつものようにどっぷりとシンナーに浸かってたら凄く眩しい光を見たんだよ。それでしばらくそれを見つめていると、その中から突然キリストが出て来て俺に言うんだ。死んで償え、死んで償え、ってね。もう訳が分からなかった。次から次へとたくさん人が現われて、みんなが俺を責めるんだ。死ね、死ね、ってね。俺は、怖くなって、必死に、ばあちゃん助けて、って言いながらわんわん泣いてたんだけど、ばあちゃんは決して出て来てくれはしなかった。それでまた寂しくなって、またシンナー吸って、ずっとそれの繰り返しだよ。本当に地獄だった」
智は、建の顔をじっと見つめながらその話を聞いた。記憶を辿るように建は少しの間沈黙した。
「でも、そんな風に小学生の頃からその辺りの街の不良は全員知ってたし、ガキの頃からそんな荒れた生活送ってたもんだから、中学生ぐらいになったらもう怖い物なんて何も無かったね。誰だって俺の名前出せばビビって手を出せなかった。高校生だって顎で使ってたよ。金持って来させたりね。十四五才の頃には、そこらのサラリーマンより全然金持ってたんじゃないのかな。暴力に酔いしれてたんだ。人間なんて一旦恐怖心を与えてしまえば何だって言うこと聞くものなんだ、ってね。信じてた。そしてその内、ヤクザとも本格的に付き合うようになって、その頃からシャブにも手を出すようになったんだ。自分で使うのはもちろんなんだが、売り捌いたり、そのシャブ使って女にソープで働かせたり。ますます俺は金持ちになってたよ。でも、それに従ってだんだんシャブの量が増えていって、二回目の地獄だ。頭の中がずうっとキンキンいってて絶えず誰かに話しかけられてるような気がして、被害妄想の固まりみたいなもんさ。周りの奴らや友達だって、ちょっと気に入らないと過剰に反応してすぐぶん殴ったり。女が誰かに電話してるだけで警察に通報してやがるんだ、なんて思って、電話叩き切ってもうその女もボコボコにしてたよ。そんな風だったから周りの誰彼かまわず暴力を振るうようになって、とうとう、手を出してはいけない相手にまで手を出してしまったんだ。俺のこと可愛がってたヤクザもその時ばかりは俺をかばいきれなくなって、ついに四五人のヤクザが俺をさらいに来た。俺は、頭に拳銃突き付けられて、どっか分かんない山ん中に連れて行かれ、そこでボロボロにされて捨てられたんだ。かろうじて殺されなかったのは、その、俺のことを可愛がってくれてたヤクザがそこで土下座して頼んでくれたからなんだよ。そいつ、どっか中東の方の国のハーフでさ。昔から一匹狼で、誰ともつるまない奴だったんだけど、俺にだけは色々と良くしてくれたんだ。良く助けてもらってた。その時も俺のために土下座してくれたんだけど、その場で指詰めさせられてたよ。俺は、やめろって言いたかったんだけど、顔なんかボコボコに腫れてて話せる状態じゃなかったし、もう半分意識が飛んでたんで何も言えなかったんだ。ただ、そいつが、切られた手を握ってうずくまってんのだけは良く分かった。それが俺をかばうためのことだってことも何となく分かった。だから今俺が生きていられるのは、そいつのおかげさ。ああ、後、ばあちゃんとな。だから俺は二回死にかけているということになるんだ」
「………」
智は、想像もつかない、まるで映画か何かのストーリーのように劇的な建の話を、無言で聞き続けた。