一通りチラムを回し終えると、三人ともリラックスした体勢で、何をするともなくぼんやりと時を過ごしていた。谷部は寝転がって星空を眺めている。スモッグのせいか、そんなにはっきりと星が見える訳ではないが、霞みながらもそれらは明るく輝いている。
「星が、きれいだな」
独り言のように谷部が言った。
「そうですか? 何だか排ガスで曇ってるようだし、そんなにきれいでもないですよ」
それに水を差すように、智がそう言った。すると谷部は、一瞬驚いたように智の顔を見返した。
「馬鹿、お前、何言ってんだよ。きれいじゃねえか、こんなにも」
谷部がそう言って智をたしなめると、智は、そうですかぁ?、と苦笑しながら再び空を見上げた。智のそんな様子を谷部は無言で眺めた。
「しかし、パキスタンかあ。パキスタンの星空もきれいなのかな」
気を取り直して谷部がそう言うと、建がそれに応えた。
「行ったことないから分からんけど、どうだろう。何か埃っぽいイメージがあるからな。あんまり星なんて見えなさそうだけど。どうしたの、急に? さっきのジョージのこと?」「ああ、ジョージがパキスタン行くだなんて知らなかったもんな。ああやって急に言われるとなあ。どんな所なんかなって思っちゃうよな。そう言えば智も行くって言ってたけど、どう? どんなとこなの? パキスタンって」
曇った星空を見上げていた智は谷部の方に向き直った。
「さあ、僕もあんまり良く分かんないんですよ。分かっているのは、イスラムの国だから街中男ばっかりだということと、髭を蓄えておかないとゲイに狙われて襲われかねないということです。女の子はもちろんのこと、男ですら襲われたり痴漢に遭ったりするらしいですよ。もちろん、男の、です。特に日本人は、幼く見えるらしいんで狙われやすいって言いますね」
「ハハハ、本当かよ? ひでえな、そりゃあ。だったら何でそんな所行くんだよ?」
「僕の場合はヨーロッパ行くまでの通り道ですね。だから、特にパキスタンへ行きたいという訳ではないんですよ。陸路で行くのなら絶対に通らなくちゃならないですから。でも、北の方へ行けばイスラム色が薄れてきて、少数民族の暮らすマイナーな地域がたくさんあるから大丈夫らしいですよ。それにその辺りは、景色がとてもきれいらしくって、桃源郷と称される程です。実際長生きの人が多いと聞きます。さっき、ジョージと話していた”フンザ”という所です」
「そうか、そう言えばさっきジョージと話してたよな。そんなにいい所なのか?」
「まだあんまり旅行者が足を踏み入れていない地域なので、人も擦れていなくって素朴でいい所だって聞きました。杏の花の咲く五月ぐらいがベストシーズンだそうです」
谷部は、何か考えるように夜空を見上げながら智の一言一言に頷き続けている。
「そう言えば建さんは、インドの後どこへ行くつもりなんですか?」
智は、急に建の方を振り返って言った。目を閉じて二人の話を聞いていた建は、突然話しかけられて驚いて目を開けた。
「えっ、ああ、俺か? 俺は多分タイに飛ぶよ。もうしばらくインドにはいるつもりだけどな。一度日本に帰って金を作ってこなきゃならないんで、最後にタイでのんびりしてから日本に帰るよ」
「そっかあ。日本に帰るのかあ……」
少し嫉妬の籠ったような口調で智はそう言った。