ジョージがいなくなり、部屋の中は少し静かになったようだった。大勢でいても誰か一人がいなくなると、やっぱりどこか寂しい気分になる。智は、ジョージにまた会えるといいな、と思った。今日初めて会ったばかりだったが、何となくそう思わせるような男だった。
君子を除く三人は、ゲストハウスの屋上へ上がった。部屋の中が、人々の熱気とチャラスの煙とであまりにも不快になったため、場所を移すことになったのだ。君子は、疲れたからここで休んでるわ、と言って部屋に残った。恐らくチャラスがキマり過ぎたのだろう。夜の屋上は何人かのツーリスト達で賑わっていた。車座になって談笑する者達、チラムを回す者達、夜景を眺めながら言葉を交わし合うカップル、欧米人、アジア人、男、女、静かな喧噪がそこにはあった。四階建てのこの建物は、メインバザールの中では比較的高い建物になるため、見晴しがとても良い。夜の街には、オレンジ色の街灯や家の灯りがポツポツと灯り、車のクラクションやサイクルリキシャのエンジン音が相変わらず甲高く響き渡ってはいるものの、ここまで来るとそんなに苦にならないから不思議だ。むしろ夜景を彩る心地良いBGMのようにすら感じられる。眼下に家の屋根や建物の看板が暗く並び、遠く闇の向こうには、ニュー・デリー地区の高層ビル群が霞んで見える。
「へえ、こんなに人がいるものなんですね」
周りを見回しながら智がそう言った。
「ああ、夜になると昼間に入り口の辺でたむろってた奴らがそのまま上がってきて、今度はこっち来てだらだらと同じようなことしてるんだよ」
谷部が智にそう説明した。智は、そういえば昼間見た人達が何人かいるな、と納得しながら歩いた。三人は、空いている場所を探すとそこに腰を下ろした。
「何だかここは涼しいですね」
智が言った。
「ああ、風通しがいいからな。高い建物があんまり無いから、風が抜けていくんだろうよ。こんなクソ暑い街でも一応風が吹いてるんだな」
バッグからチラムを取り出しながら谷部はそう言った。そして細長く切った布をチラムの穴に通し、その先端を足の親指に巻き付けて、もう一方の端を手で掴むと、チラムを上下させてその布に激しく擦り付けた。白い布には見る見る茶色いヤニがこびり付いていく。智は、ぼんやりと、ああ、こうして中のあの輝きを保っているんだな、と心の中で思った。谷部は、手際良くチャラスを詰め終えると、今度は建にそれを手渡した。建は、ボン・シャンカール、と言ってチラムを受け取って口に添えようとしたのだが、あ、ちょっと待った、と言って谷部がそれを遮った。谷部は、おもむろにバッグから白いガーゼのような薄い布を取り出すと、ペットボトルの水でそれを湿した。そしてそれを軽く搾って建に、これ使いなよ、とその布を手渡した。建は、ああ、サフィね、と言ってその布を受け取った。
「ごめんごめん、さっきはこれが見つかんなくって、無しでやってたよな。これ、あった方がいいだろ?」
「ああ、葉っぱが口の中に入ってくるからな。ありがとう、谷部君」
建は、サフィをチラムの根元に巻き付けてそこを両手で覆った。谷部は、建の持つチラムに火をつけた。夜の大気が、一瞬、白く染まる。大量の煙は徐々に拡散されていく。