チラム

谷部がジョージに向かって英語でそう言うと、ぼんやりと天井を眺めていたジョージは、嬉しそうに、O・K、と言って谷部の方に向き直り、ポケットからピンポン球ぐらいの大きさのチャラスの固まりを取り出して、谷部に向かって放り投げた。谷部は、サンキューと言ってそれを受け取ると、手早くほぐし始めた。

ほぐしながら英語でジョージと何か喋っている。発音こそ日本人独特の固さがあるものの、谷部はかなり英語を話せるようだ。黒人特有の粘りのある早口な英語をジョージが喋っているにもかかわらず、谷部は、いちいち聞き返したりすることもなく、なんなく会話を成立させている。何となくそれが意外なことのように智には思われた。

チャラスを適当にほぐし終わると、谷部はチラムを取り出した。陶器でできている円筒形のそれは、とても美しいものだった。表面は黒光りしていて光沢があり、口の方に白い二本の筋が入っている。かなり手入れされているようで、それを扱う谷部の手付きも慎重なものだった。

「智、谷部君のチラム凄いだろ? 何回か、くれって頼んでみたんだけど、どうしても譲ってくれないんだよ」
「馬鹿、ケン、これは駄目だって言ってるだろ」

谷部は、チラムを布で擦りながら横目で健を見てそう言った。

「高かったんですか?」

智が尋ねた。

「いや、値段もまあそうなんだけどな、これはイタリアン・チラムって言って、あんまり数が多くない貴重な物なんだよ。職人の手造りなのさ。ほら、ちょっと見てみろよ」

そう言って谷部は智にチラムを手渡した。智は、それを受け取ると手の中でまじまじと眺め回した。ずっしりとした重みと冷んやりとした感覚が、智の手に伝わってくる。

「中の穴を覗いてみろよ」

谷部は智にそう言った。見てみると、きれいに中心がくり抜かれている。内壁の表面がまるで鏡のようにキラキラと輝いて見える。

「凄いですね、こんな風になっているだなんて。初めて見ましたよ、こんなチラム。今まで見てきたのは、ガンジャの絵が彫られていたり、変な模様が入っていたりする土産物屋で売られているような物ばかりなんで、こんなにシンプルできれいなのは初めてです。中の穴もこんな風にまっすぐには通っていなかったし」

智は、少し興奮しながらそう言った。そんな智の様子を見ながら、谷部は得意気に微笑んだ。

「そうだろ、これは特別な物なんだ。たまたまゴアで再会したフランス人の友達が俺にくれたんだよ。そいつは古い旅仲間でそれまでも方々で会ってたんだけど、その時はもう本当に何年か振りだったんだ。お互い昔から色んな所旅してる同士だから、なかなか連絡取ったり、会う約束したりっていうのができなくてさ。それで何年か前にそいつと再会した時、多分もうゴアに来るのもこれが最後だからって言ってその記念にこれを俺にくれたんだよ。実はそいつもその昔これを誰かから貰ってて、自分も同じように誰かにあげるのがいいだろうって言いながらな。だからこれは、もう何人もの手から手へと受け継がれている、歴史のある物なんだよ」

そう言うと谷部は、そのチラムを大事そうに撫でまわした。

「だから、それを俺の所に回してくれればいいんじゃない?」

建がすかさずそう言った。谷部は、笑いながら細い目をさらに細くして、そう言う建を軽くあしらった。

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