美術館を出ると建が、もう一ヶ所見てみたい所があるんだが行ってみないか、と智を誘った。智は、もちろん断る理由も無く、建さんが行きたいのならと快く返事をした。次に二人が向かったのは民芸博物館という所で、そこには昔から現代に至るまでのインドの様々な生活様式や育まれてきた独自の文化が、たくさんの民芸品やジオラマによって再現され展示されていた。
建は、旅をしながらアクセサリーや小物などをその土地土地で得た種々のパーツを元に製作するということを続けており、いずれはその道で生活していきたいと思っているらしく、その参考にということで先程の浮世絵もこの民芸博物館も見ておきたかったという。展示物を見ている建の様子からは、それらから何かを得て自分の物にしてやろうという気迫がひしひしと感じられた。そういう意味においては健にとって先程の浮世絵より今回の民芸品の方がより自分の目指す所に近いようで、対象に対する熱の入り方も先程とは随分と違っていた。先程は飾られている浮世絵の前を流し見ていくような格好でさらさらと通り過ぎていくだけだったのに対し、今回は展示されている土俗的な装飾品などを身を乗り出して噛み付かんばかりに眺めている。健にとってそれらは、それ程価値のあるものだったようだ。
反対に智は、それら民芸品という物に対してあまり興味を感じられず、さっき浮世絵を見ていた建のように、さらさらと流し見て行くだけだった。ただ、どこか南インドの方の祭りで使われていたという大きな山車のようなものには、その迫力にさすがに目を奪われもしたが、それよりもそれらの横に世界の風俗としてひっそりと展示されていたアフリカ地方の奇妙な仮面の方に、智の興味は惹き付けられた。死人のように無表情にぽっかりと口を開けている蓬髪のそれらの仮面は、智の心の深い部分にするりと滑り込むように入り込んできた。まるでそれは、心の奥の深い闇の部分にひっそりと潜んでいる怪物を見ているようで、何だか智は目が離せなかった。とても人間の姿を模した物とは思えなかった。
一通りそれらの展示物を見終わった建と智は、外に出て、博物館の敷地内にある小綺麗な屋台でチャイとサモサを買った後、お互いの感想を述べ合った。
「建さん、今日は楽しかったですよ。まさかインドに来て浮世絵が見られるなんて思ってもみなかったですし、この民芸博物館も色んな物があってなかなか面白かったです。建さんに会わなかったら来ることなんてなかったでしょう。本当、連れて来てもらって良かったです。それに、ゴミゴミしたインドの喧噪を離れることができたっていうのが、何より良かったかも知れません」
「ハハ、そうだよな。でもまた今からそのゴミゴミした所に戻らなきゃ行けないんだぜ」「そうなんですよね……。嫌だなあ、うんざりしますよね」
智は、手に持った紙製のチャイのカップに視線を落としながらそう言った。
「俺も、今日、智に出会えて良かったよ。そうじゃなかったらきっとここには来てなかったかも知れないし。何だかんだ言いながら一人だったら来てなかっただろうな。今朝智に会って、じゃあ行ってみようかなと思って。実際来てみて良かったよ。色々参考になった」 そう言うと建はサモサを一口かじった。短い髭を生やした建の顎が、その動きに合わせてもごもごと動く。
真上にあった強烈な太陽は今や西の方に傾きつつあり、その輝きは幾分穏やかなものになっていた。きちんと整備された芝生の緑を傾きかけている太陽が眩しく照らし、緑は、風に揺られながらキラキラと日光を反射させていた ―――