智達は、坂を下り丘のふもと辺りまで来ていた。昼間、あんなに騒がしかったバスターミナルも、今では嘘のように静まり返っている。うるさい客引き達は通りに一人もおらず、二人はしばらく無言で歩いた。薄暗い景色の中に虫の声が聞こえてくる。静かな夜だった。
「あの角のところが、俺の泊まってるゲストハウスなんだ」
智は、暗がりの向こうを指差して言った。理見は、その方向を目を凝らして窺って、ああ、あの赤い看板のところ?、と言った。それに対して智は、うん、そうそう、と相槌を打ちながら、今から自分の言わんとしている言葉の内容に胸を高鳴らせていた。果たしてそれを理見に言うべきかどうかしばらくの間迷っていたが、思い切ってこう切り出した。
「あのさ、理見ちゃん、ちょっと俺の部屋で一服していかない?」
それを聞いた理見は、眉間に皺を寄せ、探るように智を顧みた。智は、理見と目を合わせられなかった。
「一服って何、ガンジャのこと?」
智は、顔中を火照らせながら上ずった声でそう答えた。
「ああ、そうだ」
理見は、ふぅん、と、智を横目で流し見た。
「いいの持ってるの?」
「いや、そんなにいいものではないんだけど、ゴアで買ったやつがまだ残ってるんだ」
理見は、少しの間考えながら黙って歩き続けた。そして、しばらくしてからこう言った。
「今日はやめとくわ。着いたばっかりでまだ落ち着いてないし、何か疲れたし。智もまだ、しばらくの間ここにいるんでしょ? また遊びに来るわ。あの赤い看板の所なんだよね。泊まってる場所も分かったし、私もチャラス持って行くからさ、またにしましょうよ。今日はもう遅いしね」
と、理見が言い終わったちょうどその時に、ヤァ、という呼び声が突然背後から聞こえてきた。智が振り向くとそれは、昼間、城壁の中の小都市にあるゲストハウスで見た長髪の日本人だった。彼は、智を全く無視して理見に向かって声をかけた。
「ヤァ、リミ、どこ行ってたのさ、今日、ボンしようって言ってたじゃない」
「ああ、カズキ、何してるのよ」
「何って、理見がなかなか帰って来ないから、その辺探し回ってたんだよ」
「彼と御飯食べてたの」
理見が、智の方に目をやりながらそう言うと、一希は、初めて智の存在を認識したかのように、智の方へと目を向けた。智は、少し微笑みながら挨拶をしたが、一希は、にこりともせずに、嫌な目つきで智を見返した。
「へぇ、そうなんだ、何、友達?」
「さっき、町で出会ったの」
一希はしばらく無言で理見を見つめていた。理見は智に言った。