くさみ

智は、その女の美しさに心を奪われていた。胸がどきどきしていた。彼女には、普通の女には無い、何か特別な魅力が秘められているように感じられた。智が今まで出会ったことのないタイプの人間だった。

「本当に綺麗ね、この夕陽。綺麗っていうか、圧倒的よね、こんなにも太陽が大きいと」

その女は、沈んでいく太陽に再び目をやった。太陽は、既に半分以上、地平線の向こうに隠れている。日没はあっという間に進行してゆく。

「今日はこれから何か予定でもあるの?」

智は、彼女に向かって語りかけた。

「これから? いいえ、何も無いわよ。もうすぐ暗くなるしね。することなんて何にもなさそうじゃない、この町」
「一緒に食事でもしない?」

少し緊張して智はそう尋ねた。彼女は、意外にもあっさりとこう答える。

「いいわよ、私も一人だしね、どうせ御飯食べに行くところだったし。行こうか」

今まで暗く沈み込んでいた智の心は、女のその一言で途端にパッと明るくなった。

二人は、沈む寸前の太陽に背を向けて歩き出した。周りにいた子供達は、そんな二人には目もくれず、まるで何ごとも無かったかのように、最後の日光を惜しみながら凧を上げ続ける。彼らの作るいくつもの長い影が、争うように熱い地面を駆け巡っていた。

その女がインドを一人で旅しているというのは、彼女の容姿からするとちょっと想像できなかった。海外を一人で旅している人間特有の、くさみ、のようなものを彼女は全く持っていなかった。垢抜けた、もっとさっぱりした印象があった。

「この町にはいつ来たの?」

智は彼女に尋ねた。

「さっき着いたばかり」

夕方頃になると決まって現れる小さな羽虫を、手で追い払いながら彼女はそう答えた。

「どこに泊まってるの?」
「この城壁の中よ」

智達は、下の町へと戻るため、城壁の中の小都市の細く曲がりくねった道を再び歩き始めている。まるでこの中だけは地表を覆う乾燥した砂地とは無関係であるかのように、でこぼこした石の地面は暗く湿っていた。

痩せた汚らしいヤギが、絞り出すような声でとぎれとぎれに鳴きながら、智達の横を通り過ぎて行く。その水平に切り開かれた瞳孔はまるで何ものをも映してはいないようで、ヤギは、周囲の状況とは全く関わり合いを持たず、ただただ陰鬱な鳴き声を響かせながら智達を黙殺する。智達は、細い路地をヤギを避けながら歩いた。

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