中央に聳える城に智が近づいた時、もう既に門は閉ざされており人々の影もまばらだった。城はこの町の観光スポットの一つになっているらしく、観光を終えた旅行者達が、カメラやパンフレットを手にそれぞれ会話しながら坂道を下りてくる。先程の一件で神経の過敏になっていた智は、擦れ違い様に彼ら一人一人の視線を敏感に感じ、顔を伏せて歩いた。そうしていると智は、急に突発的な息苦しさを感じ、もうこれ以上ここを歩くのは無理だと思った。思い切り外の空気を吸い込みたかった。ぐるりと取り囲む城壁やひしめき合う建物群が、この空間の大気の循環を阻み、蒸れた、息苦しい空気をその体内に充満させ、自分を窒息させようとしているのではないか、智はそんな風に思った。外へ続く道を探し、何とか城壁の外へ出ると、丘となるその高みから、地上を焦がさんばかりに燃え盛る大きな太陽が地平線に沈んでいくのを真正面から見ることができた。一面の土色の風景は、その太陽によって照らし出され、燃えているように赤かった。太陽の炎は、それらの風景と同じように土色の乾燥した埃っぽい大気までをも、赤く染め上げていた。
智の周りでは小さな子供達が凧を上げている。それらの凧は、赤く小さな物で、空中をとても機敏に動く。数人がめいめい同じような物を持っていて、智の周りを駆け回っていた。
ふと気が付くと、子供達の向こうに女が一人、智と同じように沈みゆく太陽を眺めている。黒髪だが色白なので最初、欧米人かと思ったが、良く見ると日本人のようだった。智は、声をかけるかどうか少しの間迷った挙げ句、日本語で声をかけた。
「あの、すいません」
その女は、振り返ると大きな瞳で智の方を見つめ返した。
「あ、あの、日本人ですよね?」
端正な彼女の顔立ちはやはりどこか欧米人の顔付きを思わせるものがあったので、思わず智はそう聞き返した。
「ええ、そうですけど……」
「ああ、良かった、ちょっとどうかなと思って。ひょっとしたら外国の人かなって。夕陽を見に来てたの?」
智はそう尋ねた。何気ない表情で彼女は智の方を見つめている。
「この壁の中をぶらぶらしてたらちょうどここに出てきて、そしたら偶然太陽が沈んでいく所で凄く綺麗だったから思わず見とれてたの。たまたまよ、ここに来たのは」
「ああ、そうなんだ、俺もそこから出て来たらあんまり夕陽がきれいだったもんだから、思わず見とれてたんだ」
その女は、真っ直ぐ智の方を見つめていた。
「一人なの?」
智は尋ねた。
「ええ」
「一人でインドを旅してるの?」
「今は、ね。少し前に一緒に旅してた人と別れたの」