暗闇の中で智は目を覚ました。辺りは既に暗く静まり返っていた。今日一日の面影が、汚れた自分の顔や散らかった部屋のあちこちに残されている。ぼやけた頭に直規とのことが思い出され、目を覚ましてしまったことがとても恨めしく思われた。できることなら、ずっと眠ったままでいたかった。嘘であって欲しかった。とても嫌な感じが胸の辺りでもやもやしている。
智は、直規が怒り始めた時にはっきりとした態度を示すことができなかった自分がとても情けなかった。他人との争いを極力避けて通る心が、智をいつもそうさせていた。
直規のあの態度は理不尽だと思う。しかし、もしかしたら自分に非があったのではないか、とも思う。そんなとき智は、いつも消化不良のままそれらの感情を呑み込んで逃げ出していた。自分の殻の中に逃げ込んでいた。納得のいくまで闘うということをしなかった。他人と争うことへの恐怖心から、いつも、そのままその相手に対しては深入りをせず、ずっと引け目を感じつつ卑屈に接し続けるのだった。そしてそんな自分が心底嫌だった。それらの混乱した思いが、胸の辺りにどんよりと渦を巻いており、何もかも放棄してしまいたくなる。夢の世界に逃げ込んでしまいたくなる……。
このままではいけない、と智はずっと前から思い続けていた。そんな弱い自分が嫌で、そんな卑屈で情けない自分を変えたくて出たこの旅でもあった。しかし、旅を始めて一年近く経とうとしている今、何も変わっていない自分を目前に突き付けられて智は愕然とするのだった。またもや他人と対立することを恐れて逃げ出した。自分の気持ちを曖昧にぼかしたまま、帰ってきてしまった。そしてその行動の裏には、もう二人には会わないからいいだろう、という卑怯な考えが隠されているに違いなかった。実際お互いが旅をしている者同士なので、このまま別れてしまえばもう出会うことはないだろう。智は、これまでの旅の中でも誰かと関係がギクシャクし始めると、その場を離れ、別の場所へ移動して、その関係を清算するということを度々繰り返してきた。しかし、今回程露骨に敵意を見せつけられたのは初めてのことだった。直規のあの態度は一際智の心を傷つけた。自分を見る直規の冷ややかな表情がありありと蘇ってきて、智の心身に激しい疲労を与えた。
俯きながら智は身の回りの物を片づけ始めると、ふと、いつも腰に巻いている筈の携帯用の貴重品入れが無いことに気が付いた。その途端、全身から血の気が引いていくような悪寒が走った。
冷静になって周りを見回す。そこら中を隈なく探したが、どこにも見当たらない。それは寝るときも決して外さない物なので、どこかにしまいこんでいるというのはまずあり得ない。それに、それがあるかどうかというのは、常に手で触れたりして常に確認しているし、またその行動は、ほぼ習慣化して、無意識の内に行うようになっている。なので突然無くなるなんていうのはどう考えてもあり得ない。考えられるのは、直規の部屋から帰ってくる途中、酩酊している状態でどこかに落としたか、または直規の部屋の中なのだが、恐らく直規の部屋だろう。