心路は、鏡の上に散らばった粉を指で集めて歯茎に塗り付けると、少し渋い表情で口の中を舐め回し、おもむろに智に向かって口を開いた。
「そういえば智、ブラウンやったんだ。初めてだよね? ここで直規君と二人でやったの?」
「いや、ここに来る前に朝、自分の部屋でやったんだ、何だか我慢できなくって」
「起きてすぐ? ハハハ、凄ぇな、気持ち悪くならなかった?」
「ああ、大丈夫だった。一応」
「そうか、普通みんな初めての時は気持ち悪くなって吐くもんなんだけどな。合ってんのかもよ」
「そんなにたくさんやってないから」
「でも今は、俺と同じぐらい入れたぜ」
直規が横から口を挟んだ。
「ほら、やっぱ合ってんだよ」
智は、何だか褒められているような気がして、少し嬉しい気分になった。
「昨日なんて俺、朝まで吐いてたもん」
鼻を啜りながら心路が言う。
「うん、でも嫌いじゃないよ、この感じ、アシッドとかに比べたらまだ安心感がある」
一瞬、直規の視線が緊張した。直規は、手で弄んでいたCDケースを投げ捨てるように横に置いた。
「そういえば智、アシッドでひどい目に遭ってんだよな。自殺しそうになったって」
心路の方に向き直って智は話し始めた。
「ああ、あのときは南インドの海辺に面した小さな村で物置きみたいな部屋で一人だったし、しかも夜だったからひたすらアシッドの世界にどっぷり浸かっちゃって、本当、死ぬかと思ったよ。だんだんアシッドがキマッてくるんだけど、音楽も何もなくってすることなんて何もないから、ずっとペットボトルの水を光に翳して遊んでいたんだよ。そうしたら、その、キラキラ光る光の向こうに天国じゃないけど、何だか凄い世界が見え始めて、ああ、そっちへ行きたいなって思っていると、どうしてもこの肉体が邪魔になって行くことができないんだ。で、どうしたらいいんだろうって考えてたら、ああ、死ねばいいんだってことに気がついた。でも、そこには冷静な自分もちゃんといて、だめだ、そんなことしたら死んでしまう、って慌てて呼び止めるんだ。ああ、そうか、死んじゃだめだ、ってそれの繰り返し。一晩中ずっとそんなだった。考えないでおこうとどんなに努力しても、たとえ目をつぶっていたとしても、どうしてもその光の世界が見えてきて、そうしてその世界が見えてくると自然に、ああ、そっちの世界へ行きたい、って思ってしまうんだ。気が付くと、ナイフの入ってるバックパックのポケットをじっと見つめたりしていたよ。そして、ああ、だめだ、だめだ、って何も考えないように横になってじっとしていると、遠くからさざ波の音が聞こえてきて、それがとても綺麗に聞こえるものだからうっとりと聞き惚れていると、今度は、俺、部屋の扉の前に立って、海へ行こうとしてるんだ。そこでまた、ハッと冷静になって、何してるんだよ、って自分に言い聞かせて……。それでその次は何したかっていうと、こんなことしてちゃ駄目だって、外へ出て行かないように南京錠で内側から扉に鍵をかけようとしてるんだよ。そしたらそうする自分の映像がとても客観的に頭に浮かんできて、そんなことしてる奴ってちょっとおかしいだろ? まるで精神病みたいじゃん、だから凄く不安になってベッドにうずくまって、って一晩中そんなことをしていたよ。凄く恐かった」