百ドル札

「俺だけ仲間外れ? ずるいな、二人とも」
「お前もやればいいだろ?」
「でも直規君、俺が帰ってきたら飯喰いに行くって言ったろ? どうするの? そんなにキマッちゃってたら無理じゃんか」
「もういいよ、飯は。それより心路、水買ってきた、水?」

心路は、半ば呆れ気味に買い物袋からミネラルウォーターのペットボトルを二本取り出した。それらは二本とも冷たく凍っていた。

「うおっ凍ってるよ、サンキュー、シンジ、お前偉いよ」

それを頬に当てながら直規はそう言った。

「凍ってるやつ売ってる所見つけたんだよ」

直規は、ペットボトルの蓋を捻ると、ゆっくりと二口三口飲み込んだ。

「ああ、おいしい、たまんねぇなこりゃ」

心路は、直規のその様子を少し冷めた目で眺めながら、自分もその凍った水を飲んだ。そして智の方へペットボトルを差し出して、飲む? と言った。智は、ゆっくりと体を起こして、ありがとう、と言ってそれを受け取った。

濡れたペットボトルはとても冷たい。一口、口に含むと、口の中全体が冷んやりと潤っていく。喉を伝って胸の辺りまで一筋の清水がさらさらと通っていくような感じだった。
そのイメージは、智をとてもうっとりとした気分にさせた。

「直規君、じゃあ、もう行かないんだね」

心路がそう尋ねると、直規は面倒臭そうに頷いた。心路は、呆れたように首を傾げると、荷物を部屋の隅の方へ簡単にまとめてトイレに入った。ジョボジョボと小便の音が聞こえてくる。安宿なので扉らしい扉はなく、仕切りのような物があるだけだ。ダイレクトに音が伝わってくる。

「直規君、ゲロ吐いたでしょ、ちゃんと拭いといてよ。便器に飛び散ってるよ」

小便をしながら心路が言った。

「分かってるよ、あとからやるからいいだろ」

面倒臭そうに直規はそう言った。

トイレから出てくると心路は床に座り込んで、テーブルの上に無造作に置かれた紙包みを手に取った。そしてそれを広げて茶色い粉を耳かきですくうと、鏡の上で細かく刻んでラインを引いた。直規は、横目でそれを見ながら、何だ、やるんじゃんかよ、と呟いた。

「だって二人ともそんななのに、俺だけシラフでいられないでしょ。それより直規くん、百ドルどこ? 百ドル」
「え、百ドル? ああ、百ドルね、ええっと、確か昨日使ったやつが、ああ、ここにあるよ」

そう言って直規は、筒状に丸められた百ドル札を無造作に心路の方へ放り投げた。心路は、サンキュ、と言って上手にそれを受け止めた。智は、その様子を眺めながら心路に尋ねた。

「何でわざわざ、百ドル札使うの?」

心路は、ハハハ、と笑って答える。

「ああ、これね、ワンハンドレッド・ユーエス・ダラー。ほら、よくあるじゃん、映画なんかでコカイン吸ってる奴、百ドル札丸めてやってるだろ? だからそれ真似してさ、気分だよ、気分」

そう言いながら、丸めた百ドル札で鏡の上のブラウンシュガーを吸っている心路を智は微笑ましく見守った。ちょうど同じようなことを考えながら、そうしていた自分を思い返して、みんな考えることなんて似たようなものなんだなと、ちょっと温かい気持ちになった。

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