「場所はどこなの?」
「クリシュナ・ゲストハウス」
「ああ、あの?」
「そう、シバとかいうふざけた名前のインド人がいるところだよ」
「で、どれだけって言ったの?」
「二グラム」
「信用できる奴?」
「ああ、プシュカルではみんなあいつから買うらしい。それかイスラエリーだね、でも、イスラエリーはカミとかバツばっかりだし、奴らからは買えないでしょ」
「インド人からはあんまり買いたくないんだけどな」
「大丈夫だよ」
「心路はインド人に痛い目みてないからそんな軽く言えんだよ」
「………」
「ヤベェ奴は本当ヤベェんだぜ」
「でも、そいつはツーリストの間でも有名だし、実際あいつから買ってる奴も知ってるよ」
「………」
「大丈夫だって」
「本当かよ……。まぁ仕方ないよな、心路を信じるよ」
直規は、煙草を揉み消しながらそう言った。智は、黙って二人の会話を聞いている。
「智も一緒に来る?」
直規は、智に向かって言った。
「何の話?」
「ブラウンだよ、ブラウンシュガー」
心路は、細かく砕いたチャラスを煙草に混ぜながらそう言った。
「ブラウンシュガー? ブラウンシュガーってあの、ヘロインみたいなやつのこと?」
「そう、精製する前のヘロイン。それが今晩手に入るんだ。一緒に来ないか?」
「ああ……。でも……」
智は少し躊躇した。
「でも、何?」
「俺やったことないし、大丈夫かな」
「別にやりたくなきゃやんなきゃいいし、もし来たければ一緒に来ない?、って話だよ」
心路は、チャラスの混ざった煙草の葉っぱを薄いシガレットペーパーの上に乗せ、くるくるっと手早く丸めてその縁をツーッと舌で舐めていく。
「そっか……、せっかく二人にも再会したんだし行ってみようかな、どうせ他にすることもないし……。行くよ、何時頃行くの?」
「八時だって言ってた。多分……。まぁそれぐらいだと思うんだけど……」
心路は、出来上がったチャラスジョイントの尻をとんとんとんと三四回床で軽くたたいて、それを直規に手渡した。
「多分って、シンジ、お前ふざけんなよ、本当に合ってんのかよ?」
直規は、手渡されたジョイントにマッチで火をつけると深々と煙を吸い込む。閉め切られた窓の隙間から砂漠地帯特有の白い日光が細く差し込み、吐き出された大麻樹脂の煙は、ゆっくりとゆらゆらと昇っていく。後には、かすかに鼻を刺激する燐の燃える匂いが残された。
「大丈夫だよ、あいつらインド人だぜ、七時って言ったって八時に来るよ」
「じゃあ、九時って言ってたらどうすんだよ?」
笑いながら心路は首を振った。直規は、もう一度煙を吸い込むとジョイントを心路に手渡した。
「今何時? まだ五時か……。大分時間あるなあ……。智はそれまでどうする?」
「飯でも食って、町ぶらぶらしてみるよ。まだ昨日の晩に着いたばっかりだし……。どんな町なのか良く分かってないしね。ところで、心路と直規はここに来てどれぐらいになるの?」
「どうだろう、もう一週間ぐらいかな、ねぇ、直規君」
「多分それぐらいだよ」
心路は、智に無言で、どう?、という具合にジョイントを差し出した。
「ああ、ありがとう」
細く、独特の匂いのする巻き煙草を受け取って、智は一服深く吸い込んだ。大麻樹脂の味と匂いが口の中に広がってゆく。頭が少しボーッとする。
「ゴアの後は二人ともどこ行ったの? すぐここに来た?」
「いや、プネーってとこでパーティがあってさ、そこに二三日いてからこっち来たかなぁ。ゴアにいた連中も結構来てたよ。でも、あのパーティってあのまま警察来なかったら凄いことになってたよねぇ。ねえ直規くん、そう思わなかった?」
心路が直規にそう言った。
「なってたね、確かに何かそういう空気になってた」
「だよね、惜しかったよなあ、警察来ていきなり中止だもんなあ。主催してた奴がポリスにバクシーシ払ってなかったんだよ、きっと。せっかくいいところだったのに……」
「何、凄いことって、どういうこと?」
智がそう尋ねた。
「何かムラムラした雰囲気になってたんだよ。俺だけじゃなく、きっとそこにいた大半の奴がね。実際、陰でやってる奴もいたんじゃないのかな? 例えば、踊ってて女の子と目が合ったりした時に、凄くエロティックなものを感じるんだ。多分これは俺のひとりよがりって訳じゃないと思う。どの子からもそんなのを感じた。あ、こいつやれるなって。心路なんか目、血走ってたし」
「直規君程じゃないでしょ」
「違うよ、お前のは何かネチネチしてんだよ」
心路は苦笑いしている。智は、少しむせ返りながら直規にジョイントを手渡した。
「どう、智、このチャラス?」
「ああ、いい感じでキマッてるよ」
「そう? これイスラエリーから買ったやつなんだけど、カシミールだって言ってたな。本当かどうか分かんないけど。ハハハ」
顔をしかめてジョイントを吸い込むと、そう言って直規は短く笑った。吐き出された煙はゆっくりと空中に広がっていく。瞼は重く、感覚は曖昧になってゆく。