一通の暑中見舞が届いた。
以前、イタリアのナポリで知りあった女性からのものだった。
彼女は、夏休みをとって、友人たちと2週間ほどイタリアを旅行したとある。
絵葉書の縁にこう書いてあった。
Mのピザもあいかわらずうまかった!
Mは、ナポリでおいしくて有名な、ピッツェリアの名前である。
私はナポリで会った学生さんに、ピザではなく、ピッツァだと教えられた。
だから、ここではピザではなく、ピッツァと書く。
ピッツァ、私の大好物である。
しかし、日本ではあまり食べない。
数年前のイタリアのソレントで、おいしいピッツァを食べて以来、日本でピッツァが食べられなくなってしまったからだ。
それぐらい、イタリア南部のピッツァはおいしい。
私は、女性にだけ優しいナポリ駅のインフォメーションの親父とけんかした後、あやしい客引きに声をかけられた。
彼は、見かけと違い優しくて、私に一件の安宿を教えてくれた。
その宿を紹介しても、彼のもうけにはならないらしく、案内まではしてくれない。
地図を書いてもらい、さっそく行ってみる。
よく解からなかったので、広場で商売をしているおじちゃんに聞いてみる。
おじちゃんは、宿の前まで連れて行ってくれた。
教えてもらった宿と違うようだが、泊まることにした。
私は、ナポリにピッツァを食べるためだけに来た。
ナポリのうまいピッツェリアを知るには、ナポリの人間に聞くのが一番と、レセプションの兄ちゃんに尋ねる。
「とてもおいしいピッツェリアがある」
と兄ちゃんはいう。
「Mだ」
兄ちゃんは地図に場所を書き込んでくれた。
「他には」
と私は尋ねる。
「ナポリでピッツェリアと呼べるのは、Mだけだ」
私はさっそく、Mに行ってみることにする。
場所がよく解からない。
屋台のおじちゃんに聞いてみる。
「Mのピッツァはボーノ(おいしい)だ」
場所を教えてほしいのだけど、というと、おじちゃんは、親切に指をさして教えてくれた。
すごい大勢の人だ。
土曜日の昼だからだろうか、30人以上の客が、店の外でピッツァが焼きあがるのを待っている。
並ぶのが苦手な私は、あきらめて夜行くことにする。
すこし早すぎたようだ。
店はまだ、掃除がおわったばかりらしく、椅子がすべてテーブルの上にのっている。 入店をためらう私に、店員が席をすすめてくれた。
店員たちが一口のカフェを飲んでいる。
「飲むか」
店員のひとりが、私にカフェをすすめてくれた。
飲んでみると、アルコールが入っているようだ。
仕事前の一杯なのだろう。
良い店じゃないか。
カフェ一杯で、そんなことを思ってみたりする。