たのしかったこと

ぼくはどちらかと言うと、インドア派でアウトドアな遊びはあんまりしたことがなかったし、また、それほど興味もなかった。
何だか目に見えて健康的な雰囲気に、反発心だかすねてんだかよく分からない心境になって、それこそよく分からない嫌悪感を、アウトドアに対してずっと抱きつづけていたのだ。
でもアジアを旅行するって事は無理矢理アウトドアをさせられてるのと同じようなものなので、知らない間にぼくはアウトドアな行いをどんどんこなしつつあったのだ。
それでもぼくは反発して、なんだよこんなん、暑いだけだよ、とか、だりぃよ、山なんて登りたくねぇんだよ、とかぶつくさ文句を言ったりしていた、の、だが、実際は心の奥底でそっと楽しんだりしていたのかもしれない、今思い返してみると。
その証拠にどうしても忘れられない、たのしかったこと、が、ぼくにはたくさんあることに気がつく。
それらの内のひとつを今から紹介してみたいと思う。

みなさん、ラオスという国を知っていますか?
ぼくは全く知りませんでした。
そんな国の名前も。そんな国があるということも。

タイの北に位置する国で、人口500万ぐらいの小さな国だ。
本当に田舎というか、自然が豊かというか、国土は緑に覆われていて、いや、ほとんど山で、その山道をオンボロバスで走っていくと、高床式の家にみんな住んでて、棚田が一面に広がっていて、ここは本当に現代なのだろうか? という、ちょっとタイムスリップしたような、異次元に迷い込んだかのようなえも言われぬ気分にさせてくれる、そんな国だ。
だって、山賊が出るっていうんだぜ?
そのスーパーオフロードな山道で。
山賊って、いつの時代の話だよ、山賊に気をつけてね、って言われたってよくわかんねぇよ、そんなの。
仕方ないから超満員のバスの中で、オフロードに激しく身体を揺さぶられながら、山賊に注意してたんだ。
そのおかげかどうか、幸い襲われずにすんだけどね。

そんな風に山賊の危機に脅かされながらやっと辿り着いたルアンプラバンという言ってみればラオスの古都のような町から、再び首都ビエンチャンに帰るとき、また、山賊の危険にさらされるのはまっぴらごめんだったので、何か違う方法を考えた。
そこで出てきたグッドアイディアは、船、だった。
思えば、チベット高原に源を発する母なる大河、メコンが南北にラオス国土をごうごうと流れているではないか。
出会った旅人に教えてもらった、スローボートと言う、船の上で三日ぐらい過ごすやつが値段的にも安いし評判もいいのでそれに乗ってみようといざ船着き場へ行ってみると、スローボートは三日に一回しか出ないと言う。
でも、スピードボートならあるぞ、とそう言われた。
話を聞いてみると、値段はスローボートの五、六倍、時間はそれの三分の一ぐらい。
宿の値段が一泊五、六ドルの物価の国で、五十ドルぐらいかかることになるのだ。
飛行機で飛ぶのと一緒ぐらい。
何のメリットもない。
でも、船着き場周辺は宿も何もなく引き返すにもルアンプラバンまで車で二、三時間かかるところなので仕方なくお金を払って乗ることにした。
で、乗るときに、変なヘルメットをかぶらされた。顔面にプラスチックのシールドがついているやつ。
さらにライフジャケットも。
そしてそのまましばらく客待ち。
直射日光で蒸れるヘルメット内。
自分の息遣いが規則的に響く。
もうだめだ、ヘルメットを脱ごう、と思ったそのときに、お客がひとり。
自分と同じ格好をしたおっさんが乗り込んできた。
ふう、やっときたか、と一息ついてたら目の前に現われたのが、ヘルメットかぶったお坊さん。
あの、ビルマの竪琴みたいなオレンジの袈裟着たお坊さん。
さらにその上にライフジャケットまで羽織ろうとしている。
そして、東南アジアの国々ではお坊さんは大変尊敬されているので、運転手だとか、さっきのおっさんだとかがヘルメット姿のその坊さんに向かって手を合わせて拝んでいる。
ぼくはその様子がおかしくっておかしくって、声を出さないように、笑いを押し殺すのに必死だった。

さて、どうやら三人ぐらい集まればドライバーは満足だったらしく(恐らくぼくが外人料金として、三人分ぐらいは払わされている)、彼はいよいよエンジンのスターターを引いた。
スクリューがごう音とともに水飛沫をあげる。
乳白色のメコンの水を荒々しくかき回す。
みんなヘルメット姿で神妙な面持ちで出発を緊張して待っている。
いよいよ出発だ、と思ったその瞬間ボートは物凄い勢いで水面を滑り始めた。
重力の影響で坊さんのヘルメット頭が激しく左右に揺れる。
ぼくはまたもやおかしくておかしくて、笑いながら同じように揺れていた。

しかし、いくらメコン川が大きいといっても、ここまで上流に来ると川幅もぐっと狭くなり、水流も勢いづいていてとても激しい。
あちこちに竜巻きみたいな渦がいくつもできている。
ドライバーはそれらの渦の回転をうまく避けながら、物凄いスピードで船を走らせる。
実際何キロぐらい出ているのかはっきりとは分からないが、体感速度では百キロ以上は出ていたように思う。
それぐらい速かった。
しかも激流で、うねる波間には大きな岩がいくつも顔を覗かせ、ああ、何かの間違いであれにぶつかったりしたら、死ぬな、と寒々しい気分になり、目の前で揺れている坊さんのヘルメット頭もあんまり笑えなくなってきた。

でも慣れてきてまわりの景色なんかも眺められる余裕がでてくると、こんなスリリングな遊びは他になかった。
ディズニーランドのジェットコースターなんて比べ物にならないぜ。
だってこちとら本物だもの。
断がい絶壁に、ツバメの巣があるらしく、何匹かその周りを旋回している。
そしてその様子が青空をバックに逆光で輝き、風切り音で音もなく、映画のワンシーンのような叙情的な風景に仕上がっている。
夢見心地で周りを見ると陸地は広大なジャングルで覆われ、野生の虎なんかが顔を出してもちっともおかしくないような光景だ。本当に夢を見ているような感じになった。
こんなところに自分がいて、こんなことをしてるなんて、ちょっと信じられないような気分。
こんな世界はテレビの中だけのできごとだった。
それが今、目の前に広がっている。
淡白なリアリティを伴って存在している。

水面をよく見てみると、実に様々なものが流れている。
木の枝や、流木、プラスチックなんかの人工的なもの、果てはなんだかよく分からない生き物の死骸まで、色んなものが沈んでは浮かび、浮かんでは沈んだりしている。
あるものは二度と浮かび上がってこない。

またもや再びゾッとした。
自分たちがいつこうなってもおかしくはない。ちっとも。
こんな重装備している理由がよく分かったよ。

でもおかげでその船旅は緊張感があって、とてもたのしいものとなった。
遊園地と違って安全が保障されていないのが良かったかもしれない。
多分、たのしいことって、リスキーであればリスキーである程面白みが増すと思うんだ。
ゾクゾクするような高揚感。
安心してたら味わえないもんね。

あのときひょんなことからあのスピードボートに乗れて良かったと思う。
とてもたのしかった。
あの光景は未だに忘れられないし、あんな体験はそうそうできそうもないからね。
もちろん、無事だったことにも感謝してるけど。

やっぱ何をやるにしても命をかけるぐらいの、誠実さって必要だと思うんだ。

さとうりゅうたの軌跡
さとうりゅうた 最初は欧米諸国を旅するが、友人の話がきっかけでアジアに興味を抱く。大学卒業後、働いて資金をつくり、97年4月ユーラシア横断の旅に出る。ユーラシアの西端にたどり着くまでに2年を費やす。

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